お茶摘み
- ishigami-clinic149
- 7月8日
- 読了時間: 3分

5月上旬、患者様がとても日焼けされていたのでお伺いしてみると、お茶農家さんの茶摘みのお手伝いを連日されたとのことで、茶摘みのことを色々と教えて頂きました。「お茶に新芽が出て成長する4〜5日間に日除けのネットをすること。その様にして出来上がった茶葉を淹(い)れると緑色のお茶になり、ネットで被わないで出来た茶葉を淹れたお茶は黄色になること。緑色のお茶と黄色のお茶の味に大きな差はないが、緑色のお茶の方が見た目からも美味しく感じ、好まれその分値段も高くなること。」等々教えて頂きました。その際に茶畑に点々と立っている扇風機の様なもが思い出されました。お茶畑に沿った道を通り過ぎる時に決まって目に付いていましたが、何だろうと思いながらもそのまま放置していました。患者様にお尋ねしたら、それは霜除けの扇風機で春先の新芽が出る頃に稼働して新芽を霜害から防いでいるとのことでした。夏の暑い時に回すお茶用の扇風機かなと、小学生頃から勝手に思い込んでいましたが、聞いてみて一瞬で解決した “ふしぎ発見”でした。別の患者様は、「自分が小学生の頃、京稜中学校の正門から入ると奥に立派な木造の校舎があり、そこに通じる道の両脇にお茶の木が植えてあった。京稜中学校の生徒はお茶摘みをすると聞いていたが、自分が京稜中学校に入学した時には校舎が建て替わっており、お茶の木もなくなっていたため自分はお茶摘みができなかった。」と言われていました。
患者様から聞いたお茶摘みの話しをしていると、当クリニックの看護師さんも看護学校を卒業してすぐの頃お茶の工場で1カ月アルバイトをしたことがあるとのことでした。ベルトコンベアから運ばれてきた煎られた新茶をパック詰めする作業だったそうです。むせ返るような新茶の香りの中、朝から夕方までの作業だったそうです。時には夜暗くなるまで仕事が長引く事もあり、夕方に弁当を食べて作業に臨んだと懐かしそうに話されていました。
私にもお茶の作業をしたことがある、今では忘れかけている記憶があります。小学校の低学年までは自宅の裏庭に小さなお茶の木があり、毎年春に家族全員で茶摘みをしていました。私にとって茶摘みはあまり楽しい作業ではなく、新芽だけを丁寧に摘んでいたわけではなく新芽以外の葉っぱも私が摘んだ中には含まれていた記憶があります。大きな中華鍋で摘んだ茶葉を炒って水分を飛ばしていきます。母親と父親が軍手をした手で茶葉を揉みほぐしていったように思いますが、はっきりとは覚えていません。出来上がったお茶は買ってきたお茶より粗大で、美味しかったという記憶はありませんが、ここで振り返ってみると働き者であった若かった頃の父母が思い起こされました。父はお茶が好きだった記憶があり、特に上等な煎茶の“白折“(しらおれ:熊本では”茎茶“とも呼ばれているようです)を好んで買っていた記憶があります。 “白折“は、お茶の茎が除かれていない分、手頃な値段で買えるようになると言っていました。

一度、子供とお茶摘みのイベントに参加したことがあります。これはその時の写真ですが、子供に尋ねてみると覚えていないとのことでした。私のお茶摘みの記憶は、幼稚園頃から小学校低学年までの毎年のことでしたので、記憶に残ったと思われました。
新型コロナウイルス感染症の対策としてうがいの効果が言われています。私が幼い頃は母親が薄い塩水を準備してくれ、それでうがいをしていました。最近では、お茶によるうがいを推奨する意見もあります。お茶に含まれているカテキンに抗ウイルス効果があるためとされています。お茶のサイトには、その他色々な効能・効果が載っています。





